おわりにあたって

私がこの自分史めいたものを書こうと思った動機を、最後に話しておかなければならないだろう。直情径行が信条で結構自由奔放に生きてきたから、今までの人生で後悔をしたということはあまりない。そしてこれからも、「やったことは悔いず、やらなかったことを悔いる。」 この姿勢は変わらないだろう。だから私は失敗も苦い経験も多くしてきたけど、全て自分が納得しての結果であるのでそれらを後悔するどころか生きる為の知恵として吸収して来た。

今まで私は母に大きな借りがあると思っている。渡米して何とか人並みの生活が出来るようになる迄の長い間、騙し続けてきたし何をしてきたかの細かいことなど話したこともなかった。いたずらに要らぬ心配を掛けたくなかったということで、嘘も方便の連続であった。しかし還暦を過ぎた今、私の人生で最大の理解者かつ応援者であった偉大な母に今まで私が辿ってきた過去を嘘のない真実として赤裸々に語ることで、許しを得たいと思う。また懺悔をすることで母のあの大きな懐にもう一度抱かれて見たいと思う。彼女は86歳、まだまだ元気そのものであるが、もしやということもあるから、その前に拙稿を捧げることにしたのである。

父は3年前に亡くなったが生前よく母に言っていたそうである。「あのドラ息子、今までさんざん親に苦労を掛けて来たので短くても簡単でもいいから極道息子一代記でも書いて、今まで何をやってきたかを親に知らせてもバチは当たらんと思うけどバアサンどう思う?」オヤジへの借りはとうとう返すことが出来なかったので、母に語ることでそれを冥土への土産として持って行ってもらおうと思っている。

女房には語る必要もないだろう。彼女は私の殆ど全てを知っている人生の戦友である。だが一人息子にだけは何としてでも伝えたい、何かを残して行きたい。そしてその子供達にも私がどのような父であり祖父であったか、どのように生きたのかを語り伝えることで次世代への継承を果たすべきと思っている。

息子の生まれは日本だが彼は人生の大半をアメリカで過ごしてきた為、英語が母国語である。しかし今になって一生懸命日本語を勉強しているし、漢字も習っている。従ってこの拙著が出来上がる頃には彼も何とか読めるようになるだろう。そして今まで彼には私の過去をあまり多く語らなかったから父の見えない一面を発見するだろうが、それによって彼が私に対して少しでも誇りと尊敬の念を抱いてくれれば望外の幸せである。

私はこの自分史めいたものを多くの人達に読んでもらいたいという思いで、書いたのではないことをご理解願いたい。でもたまたまこの拙稿がどなたかの目に触れることがあるやも知れず。その時は、広い世の中には色々なそれもユニークな人生ドラマもあるんだなあということを知っていただければ、私の喜びも倍加するというものである。

既に私が逝く時には、カウボーイハット、ブーツ、鞍をも含めて棺桶に入れてくれと女房には頼んである。三途の川も馬に乗って渡って行きたい。それは、カウボーイであることに何より誇りを感じ、カウボーイたることが人生の目的であった男が、人生の舞台から去っていくにこれ以上の花道はないと思っているからである。

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