気を紛らわすことで

女房が他界してアッという間に1ヶ月が過ぎた。確かに意図的に毎日忙しく過ごすようにすることで、気を紛らわせてきたことも確かである。葬儀の準備というのは中々出来るものではないし、また誰かの死期を予測した上での準備などしたくもない。何処の家族も私と大同小異の考え方をしていると思って間違いないだろう。だから必然的に「葬儀後」が大変なのである。

ここアメリカでは日本程葬儀に金はかからないし、またかけようともしない。OECDの調査によると日本の葬儀代は飛びぬけて高い。次に高い韓国と比べても倍以上の差がある。アメリカはと言えば日本の費用の8分の一か10分の一位であるから、葬儀が如何に簡素に行われるか想像するのに難くないだろう。特に香典とか香典返しと言う習慣はないし、通夜や葬式後に会葬者に飲食を振舞うということもまずないので、味気ないと言えば味気ない、楽と言えば楽なのである。日本の田舎ではいまだに通夜では参会者は夜通し霊前にて酒を酌み交わし個人を偲ぶしきたりが続いているようだが、ドライなアメリカ的なやり方に慣れてしまった私は、かえってそんなウエットな形で故人の旅立ちを見送る方が好きである。

しかし、である。冠婚葬祭におけるカード文化が極度に発達しているこの国では、葬儀後のお礼状を書くのが大変である。それもありきたりの既に印刷されたものやパソコンでプリントアウトしたものでは失礼にあたるから、自筆でとなるともう気の遠くなるような時間が必要である。しかしそこは旧来の陋習?を破ることは何とも思っていない私、一計を講じカードには簡単な言葉と名前を自筆で書き、加えて下記のようなお礼状を同封したのである。これは日本語版、勿論英語版は息子からの助けで正しい英文の挨拶とした。

慌しく毎日が過ぎて行く。今年の年末年始は33年振りに故郷の伊良湖岬で過ごそうと思っている。3週間の滞在予定だが、生前女房がお世話になった多くの友人知人親族には直接会ってお礼やら葬儀前後の報告もしたいと思う。だから腰を落ち着ける暇もなくあちらこちら飛び廻らなければならないだろう。それもまたよし、気分転換や気を紛らわすには忙しくすることに限る。そうこうしているうちに、女房のいなくなった喪失感の穴埋めが少しずつ出来るような気がする。女房は憔悴ししょぼくれた私を決して望んではいない。「 そんな夫を選んだ覚えはない!いつでも何処でも前向きに生きるあなたが好きで惚れて一緒になったのに。さあ、これからは私の分まで力強く生きて行って!!」 そんな彼女の声が聞こえてくる。

御礼の言葉

溢れる程の笑顔で周りの人達に楽しさや喜びを与えることが、彼女の一生であったように思います。自分よりも先に、先ず人様を思いやり気遣いそして心配や迷惑を掛けないことを常に心掛けで来たのが彼女でした。

二ヶ月に亘る病院での闘病生活に区切りをつけ彼女の桃源郷とも言える牧場に帰ってきてからわずか4日、家族や友人の看護介護の手を煩わすこと無く、昏睡状態に陥る寸前まで笑顔を絶やさなかったのは夫ながら、流石我が恋女房と思った次第です。 大した痛みも感じず息子や私に看取られて爽やかに彼岸に旅立っ行きましたが、誠に彼女らしい人生の終焉に、夫として息子として誇りを感じ二人でそっと彼女を褒めてやりました。

過日葬儀を無事終えましたが、雲一つない秋晴れの下、彼女に相応しい笑いやジョークや涙が交錯した、厳かながらも明かるい葬儀でした。生前お世話になった友人知人親族からの沢山な献花に囲まれ、多くの参列者に惜しまれながら天に召されて逝きましたが、紛れもなく幸せ一杯の彼女の人生であったことをお知らせしたいと思います。

享年 67 歳、[ まだまだこれからと言う時に ] とか、[ ちょっと早過ぎたね]と多くの方々から慰めの言葉を戴きますが、私は決してその様には思っておりません。大切なのはどれだけ長く生きたか?と言うことでなく、どれだけ充実した人生を送ったか?どれだけ楽しく面白く生きたか?だと思うからです。そう言った観点からすると、彼女は誠充実した素晴らしい人生を送って逝きました。二ヶ月の病院生活、私は彼女の側で寝食を共にしてきましたがその間腹一杯、今迄二人で歩んで来た人生を邂逅することが出来、素敵な人生、ユニークな夫婦生活、幸せな家庭生活であったことを確認し合うことが出来ました。

野辺の送りも無事に済ませました。墓地も2つ購入し [未来永劫二人は一緒だよ]と生前の約束も果たしました。この地が二人で見つけた青山です。まさに私にとっては [祖国は日本、骨埋めるに悔いなきはアメリカ ] です。

息子と話し合っています。[ ママは何時迄も私達の心の中に生き続けていくから大丈夫だよ、寂しくなったら空を見上げれば必ずママがそこにいるから、話し掛ければいいよ]と。この世で一番辛く悲しいことは愛するものとの別れです。しかしこれぞ世の常、なに人も避けて通ることは出来ません。これを無常と言いますが、それと闘おうとすると苦しみや悲しみが何時迄も続いていきます。だから無常と言うのは闘うものではなく受け入れるものと捉え、太郎と二人前を向いて進んで行きますのでどうかご安心を!

最後に彼女が生前皆様方から頂いたご厚情、葬儀の際の過分過ぎる程のお心遣いに対しあらためて衷心より厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。皮肉にもこれで私も自由な身になりました。何時の日かお目にかかれる日が来るやも知れず、その時は一献傾け合うことが出来るであろうことを楽しみにしています。祈る御自愛。

青山の地にて

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