私の頭が上がらない女性達

気がつけば生まれ育った祖国で過ごした期間よりこちらの方が遥かに長くなった。もう帰れないし帰りたいとも思わない。人間到るところに青山ありと言われる。辞書をひもとくと、青山とは人生行きつく果てに静かに眠る場所とある。私の場合はもうこの地にそれを見つけたから既に精神的安らぎはある。気になることと言えばもう日本に残した老母のことくらい。しかし妹は当然としても(いや訂正しなければ。兄だから頭はあがるけど、彼女には足を向けては寝られない。)その他に彼女を支え面倒を看てくれている、私には過ぎた人が近くに住んでいるのでとてもありがたい。私の人生、頭が上がらない女性が三人いる。母と女房とこの幼馴染の彼女である。日本から帰ってきてこんな手紙を彼女に出したことがある。

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二週間の滞在中色々なことがありました。欲張って過密スケジュールをこなした為そちらで少々体調を崩しましたが、楽しかったこと嬉しかったことの方が遥かに凌駕したので、全ていい想い出となりました。とりわけあのミニクラス会は圧巻でしたし、あの夜あっという間にタイムカプセルを抜けて50年前に戻ってはしゃぐ自分を発見しました。あなたが色々配慮してくれたお陰でとても楽しいひと時を過ごすことができ、本当にありがとうございました。“ いかにいますちちはは、つつがなきや友がき、山は青きふるさと、水は清きふるさと ” まさに故郷は遠きにありて思うもの、そして哀しくうたうもの、のようです。生まれてこのかた郷里から出られたことのないあなたには、この心情はご理解出来ないでしょうけどね。。。。。

実は、何時の日かあなたに私の本当の気持ちを知って欲しいと思ってきました。この前も言いそびれました。口にするだけでは何か物足りない、いや口ではうまく表現できない故にこうして手紙でお伝えすることをお許し下さい。

老母のことです。ひょんな関係からいつの間にか老母があなたにお世話になるようになりました。あなたは別に特別なことはしていないと言うでしょうが、日頃のチョッとしたことでも、母はあなたの優しさや心遣いに本当に感謝しています。年老いて行けば行くほどそんな気くばりがどんなに心強いことでしょうか。時には実の娘以上の有難さを感じているとも言っていました。どうか彼女の気持ちを素直に汲んでいただき、心の支えになってあげて下さい。

私の日本はもう遥か遠いものになってしまいました。自分が選んで進んできた道ゆえ来し方に悔を残したことはありませんし、テキサスのこの地を終の棲家とも定めました。幸せですか?と問われればイエスと答えます。しかし、己の我儘ゆえに母の傍に一緒に居てやることが出来ないことが唯一の心残りです。長い間、自己嫌悪に陥り苦悩もしてきました。だからと言って大したこともしない、自分勝手なんでしょうね。「息子は何処にいようとも幸せであれば、それで親も幸せ。一緒に暮らそうなどという気持ちはもうとっくに捨てちゃいましたよ。」母がそう言えば言う程、それは半分ホント半分ウソであるがゆえに、罪悪感に苛まれます。

七年前長男に先立たれ、親としてこの世で一番辛いことと言われる逆を見た母。そして一昨年は60余年も連れ添ってきた連れ合いを亡くした母。それゆえに、寂しさを一人耐え忍んでいる老母を私は片時も忘れたことはありません。連れ合い亡き後は次男の私が面倒をみていくのが人の道と心得てはいるものの、異国の地に居てはそれもままならず、ただただ徒に時の過ぎ行くままにまかせてきました。あなたのお母さんも昨年お亡くなりになられましたけど、あなたは最後まで寄り添っておられたことを老母から聞いています。私なんかより遥かに慈悲深く人間的であり、とても羨ましくも思いました。

還暦を過ぎた今、以前にも増して母への思いがつのります。遠く離れているから余計です。今までの数々の親不孝に対して、万分の一をも返礼が出来たでしょうか ? 一生かかっても返せるものではありません。親の恩というか慈愛の気高さに時に押しつぶされそうになります。< 一億の人に一億の母あれど、我が母にまさるものなし >です。頻繁に声を聞けば息子も近所に住んでいるかの如き錯覚に陥るので毎週一度は電話すること、生きている限り出来るだけ母の元へ通うこと、そして母がお世話になっている全ての人達に常々感謝すること、こんなことで許してもらおうなどとは決して思いませんが、これが今私に出来る精一杯の親孝行なのかも知れません。いい歳をした男が母への思いを打ち明ける、少なくとも誰かに伝えておきたい。迷惑かも知れませんがそんな心情を吐露出来るのはあなたしかいないのです。妹にはチョッと照れくさくて言えません、少なくとも兄としての威厳がありますから。

あなたとは幼馴染、メルヘンの世界でした。とても愛くるしくて私が一番好きだった女の子、あなたは私の大事な初恋の人です。いつお目にかかってもその昔の面影が多く垣い間見られて心安らぎます。大切にしたい私の幼年時代なのです。その人に母が世話になっている。何か運命的なものを感じます。母は表向き温和な感じがしますが、内面は結構勝気なところがあり弱音を吐いたのをみたことがありません。人に迷惑を掛けたくないという気持ちが先にたち無理したり我慢したりしますのでそれが年寄りには一番の毒。適当に諌めてやって下さい。どうか老母をよろしくお願いします。あなたへの返礼も中々できませんが、いつの日か必ずと思っておりますので心の片隅にでもお留めおき下さい。

年が明けいい季節になったらまた故郷を訪ねようかと思っています。今度は生まれ育ったそしてあなたと夢中になって遊んだあの山この川、そして太平洋と三河湾が一望できる雨乞い山へ連れて行って下さい。あなたが毎日ウォーキングしているので、私も負けずと始めました。牧場内を4キロが日課です。健康でいるうちは母やあなた、そして幼き頃よりの悪童共にも会えますからね。

では、いずれまた。向寒の折柄、切に御自愛なされますよう遥か彼方より祈念致しております。

追伸: まだボケてはいませんが段々日本語があやしくなり、誤字脱字が増えてきそうだったのでパソコンで書きました。悪しからず! でも真心はこもっていますのでご心配なく。

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彼女は私と同じ歳、何故か生涯独身を貫いている。その為か私より一回りも二回りも若く見えてみずみずしい。「 動けなくなったら私が面倒を看てあげるから故郷へ帰っていらっしゃい 」 と冗談半分に彼女は言う。もし女房が先に逝くようなことがあったら、私は寂しくなるだろうから少しぐらつくかも知れない。でもそんなことをしたら青山が動くことになっておかしい。ともあれ、気のおけない幼馴染でしかも初恋の人と死ぬまで係わり合いを持てる自分は幸せである。

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