モウさん達の朝は早い。日が昇る前からもう草を食べ始めている。そして夕陽が沈んでも食べている。食べていない時は寝そべっている。勿論発情期にはセックスで忙しい。大自然に囲まれてストレスなんぞあるわけもない、そして食べて寝て適当にいいこともして毎日が日曜日、ブッチャーに送られる前までは、モウさんの人生というか牛生も悪くないなあと思う。
暇にまかせて毎日彼らを観察していると人間さん程ではないにしても彼らにも喜怒哀楽みたいなものがある。嘘のようなホントの話である。
(喜びの巻) ピックアップトラックで牧場内を動き出すと彼らは一目散に走って来てトラックの周りに群がる。時々はキューブと呼ばれる蜂蜜で塗した栄養価の高いエサをやるからよく覚えている。冬場の草がない時に干草をやるときも嬉しくて飛び跳ねてくる。犬でも猫でも牛馬でも、エサをくれる人が主人であり言うこともよく聞く。サラリーマンだって同じようなものじゃないの。というわけで30頭前後の牛を集める(ラウンドアップと言う。)のに馬に乗ったカウボーイはいらない。囲った柵の中でキューブをやれば難なく全頭捉まえられるのである。喜び勇んでやってきても気がついたら後ろの門が閉められているという仕掛けである。
(怒りの巻) 放牧されている牛は狭いところに慣れていないから、柵の中に入れると、チョッとしたことでも暴れ出す。本当に怒ったら柵など簡単に壊して出て行ってしまうから、柵内での作業は時間をかけてゆっくり執り行う。例えばロデオの暴れ牛を見たことがあるであろうか?あれは牛の下腹に特別なベルトを絞めることで、わざと苦痛にさせるから怒って暴れ出すのである。牛は元来大人しい動物ではあるが、怒らすと怖いしうまく扱わないと大怪我をさせられる。
(哀の巻) 昨年、難産の為運良く子牛は生まれてきたが母親が死んでしまった例がある。暫く見ていると出産には雄牛を含め数頭が立ち会っていた。その後子牛が起き上がるのが見えたが母牛は全然動かなかった。おかしいなと思い近寄ってみると目を開けたまま死んでいた。いずれ死体の処理をしなければならず、取りあえずトラクターを取りに帰った。その間、全部の牛達が死体の周りに集まり30分くらい動かずにいたので私も遠く離れて見ていたが、あれはモウさんなりの告別式であったのだろう。
子牛を母親から離す時はもっと哀しい。例の柵の中に親子全員追い込んでそれから子牛だけを選別しトラックに乗せてサヨナラさせる訳だが、まさかと思うから母牛達は何が起こったのかさっぱり分らない。トラックが去って初めて我が子が連れ去られたことを知り、猛然と泣き出すのである。母牛達は三日三晩、その柵の周りから離れず哀しい声で泣き叫ぶ。しかし最後にはすすり泣きとなって諦めるようである。この時は私も少しばかりではあるが罪の意識に苛まれる。
(楽の巻) サンデー毎日だから、仕事もない。しいて言えば食べるのが仕事で、毎日好物(と言っても草だけのメニューだが)を腹一杯食べるのだから楽しくない筈がない。ダイエットの心配もせずに好きなだけ食べられる、糖尿病も血圧もコレステロールも何もかも関係ない。太れば太る程、人間さんにあり難がられる。霜降りの肉はとろける様に旨いがあれは全然運動もしないぶよぶよの牛の脂肪部分である。(筋骨隆々の牛の肉は硬くて美味でない。)
それから勿論発情期は楽しい筈である。メス牛は最初は嫌や嫌やしているが雄牛のしつこさに負けて?お互い舐め合い愛撫を始める。心なしかメス牛の目がトローンとしている。楽しいことが近い証拠である。でも彼らの行為はいわゆるチョンの間、一瞬で終わるのである。
今日もまたモウさんにまつわるバカ話で終わった。次回あたりはチョッと視点を変えた話をしなければならないだろう。