憧れのテキサスカウボーイになって(実際はレッドネックと言うか片田舎の百姓と言う方が似合っているのかも知れないが、ここはひとまず格好よく行きたい。)既に早丸三年が過ぎる。新しい土地、新しい出会い、新しいライフスタイル。。。。。未知の世界に飛び込むことに限りなき戦慄を覚えるのは今も昔も変わらない。太平洋を渡った35年前も確かこんな感じだった。“未来を信じ、未来に生きる”若い時に学んだ人生に対するこの姿勢が還暦を過ぎた今でも大いに役立っている。自意識過剰と思われるかも知れないが、私の今迄の人生で正直今が最も輝いている様な気がしてならない。何故か分からないが毎日が楽しいのである。
そしてこのテキサスの片田舎を終の棲家と決めたことが正しい選択であったことを女房ともども喜んでいる。会社人生では味わえもしなかった多くの新しい体験の連続であるが、それ故に毎日が新鮮で退屈とは全く無縁の世界である。でも、極力肩の力を抜いてあまり頑張らないようにしている。長い人生、今迄いい加減頑張ってきた訳だからこれ以上自分に頑張れと言うのは酷な気がするしフェアーと思えない。
“あまり深くものを考えず己の我儘を押し通し、全て行雲流水という言葉に従って !!!”というのがこれからの理想とするところである。もっとありていに言えば今は、好きなこと、楽しいこと、嬉しいこと、楽なこと、気持ちの良いこと、シンプルなこと。。。そういう事しかしないようにしている。ストレスのない生活が医者要らずと信じて疑わない自分である。
ところで我が牧場も一応その雰囲気だけは少しばかりでも出て来たような気がする。ちなみにここでは肉牛を放牧している。試行錯誤を繰り返してきた二年間ではあったがまずまずのノウハウが蓄積出来てきた。とは言えあくまで趣味の域を出ないので、まあ牧場経営といってもまま事をしている様なもので、近隣のカウボーイの友達からは時々笑われるが馬耳東風!
今じゃ60馬力のトラクターもあるし、シュレッダー(草刈機のお化け)や牛を運ぶトレーラーまで手に入れた。そして目下念願のレッドバーン(納屋)も建築中である。これ以上何をせよと言うのか?しかし連中の話によるとこれでやっと牧場運営のイロハを履修した程度らしい。と言うことはこれからの道程の方が遥かに遠い。でも終生の場所だからこそ夫婦で力を合わせ完成させて行く。恐らくこの牧場は死ぬまで未完成ではないだろうか?それでもいい、理想の棲家や牧場が新たな夢と想わば、その夢は実現する為にあるのだから。
モウさん達の世界も中々興味尽きないものがある。当初前のオーナーから買い取った20頭ほどのサンタガツルーダスという種類を飼っていたがどうもこの連中歳も取りつつあって一部が適当にサボっていた為出来の悪い一団であったようだ。雄牛にも生殖能力?が衰えつつある問題があったかも知れないが、いわゆる石女が増えてきて大事な草をたらふく食っても全然子牛を産んでくれない。これじゃ、売り上げは伸び悩み、しかし経費だけは増えていく。倒産予備軍の零細企業と変わらない。
とりわけ昨年は酷い旱魃で私も少しばかりド高い干草を買わざるを得なかった。家計は火の車なのに仕事もせず飯を食って寝てばかりいる。。。。。どこの会社でもぶら下がり社員が増えてくると生産性が下がっていく。社長が笛を吹いても踊らない。こういう閉塞感が漂う状況が続くのであれば現状打破のため、規模の大小に関係なく会社の経営者としては次の一手を打つのは当然ではある。
でもここで動物愛護の権化みたいな女房との戦いが始まった。彼女曰く 「 せっかくここまで育ててきたのだから追い出すなんて可哀そう、もう少し長い眼で見てあげたら 」 と。しかし人間社会でも同じ、働かざるもの食うべからず。非情かも知れないが尽きる所生産性が大事ということで彼女を説き伏せモウさんの総入れ替えをすることになった。首を切る最後の日にはせめてもの退職金代わりに干草を腹一杯食わせてやった。
でもいまだに 「 あの雄牛は何処へ売られて行ったんだだろう、何処かの牧場で幸せに暮らしていればいいが 」 と時々感傷に浸っているのが女房。私は口にこそ出さないが、「 おまえアホか、あのタワケはもうとっくにブッチャー(屠殺場)に送られ、挙句人間様の胃袋の中に納まっているってことよ!」