私は宗教的な言葉にはとんと疎い。しかし現実問題女房が他界したので最低限の供養めいたものはしていかねばならないと思っている。でも宗教が異なると供養の仕方も色々ありややこしい。女房と私の場合、神仏混合ではないが仏教とキリスト教が結構ごちゃ混ぜになっているが、まあそんなに難しく考えないようにしている。要は彼女があの世で安らかに眠ってくれればその手段は問うまいということ。
年末年始を日本で過ごしたことで丁度四十九日の忌明けがすんだ。聞けば死者の霊は、(仏教では)亡くなった日から7週間(四十九日間)はこの世とあの世をさまよっているとされている。この期間は、死から新しい生へと生まれ変わる準備をしているのだそうだ。その間に遺族が丁寧に冥福をお祈りすることによって、亡くなった人は、初めて無事に極楽浄土に送り届けられるとされている。 この期間を「忌中(きちゅう)」 といい、四十九日が過ぎると「忌明け(きあけ)」 となる。そして、忌明け法要は、親戚縁者を招いてお寺さんにお参りいただき、故人の成仏をお祈りする。
と言うことらしいが、時は丁度正月の真っ最中、私はそんな法要などせずに久し振りのおせち料理を楽しみ酒をたらふく飲んだ。その方が女房も喜ぶと思ったし、賑やかにパーティをするのが大好きだった彼女にピッタシの忌明けであった。帰米したら後は注文してある墓石の出来上がりを待つだけ、一連の行事を終えるとやっと静かで平和な日々が訪れる。何も以前と変わっていない。変わった事と言えば、女房がこの世から物理的にいなくなったということ。しかし私の心の中では相変わらず生き続けている。
帰米して暫くしてから私は次のようなお礼状を、日本で世話になった人達に送った。
** 今日は残りの人生の最初の日 **
長いようで短かった3週間の祖国訪問でしたが、正直疲れました。でも大役を果たし終えたという心地よい達成感で救われています。「もう一度だけ私の大好きな日本へ行きたかった。それが叶わぬ今、あなたが日本へ行き私が生前お世話になった全ての素晴らしい日本の人達に直接お会いし、心よりのお礼を言って下さいね。」いまわの際に残したジェーンとの約束を何とか守ることが出来ホッとしています。その為か気が緩んで珍しく風邪を引いてしまい、帰米後数日寝込みました。でも、腹を空かしたモウさん達の鳴き声を聞くといつまでものんびりとしてはおれず、またいつもの牧場生活を始めましたからご安心ください。
多くの人達から「寂しくなったね、独りで大丈夫?」と聞かれました。「もうアメリカを引き上げて日本へ帰ってきたら?」とも言われました。私にとっては想定内の問いかけであったので別に驚きもしませんでしたが、実はジェーンが生前お世話になった多くの友人知人親戚の方々に直接その答えをお伝えしたかったのも、今回訪日の理由の一つでした。
寂しくないと言えば嘘になります。しかし私の中では寂しさは10%、後の90%と言うのは如何ともしがたい喪失感と言うか、やるせなさなんです。でも日本に滞在した3週間、多くの人達に囲まれ慰められ励まされて、お陰様でそんな空虚な思いもある程度埋めることが出来ました。
まだまだ先の長い穴埋め作業は続くことでしょうが、同時に少しばかり来世を信じるようになった自分を発見し、この分ならそんな遠くない日にソフトランディング出来るのではとの感触を得て帰米した次第です。また皆様とお話させていただいた中で、これからも引き続きジェーンの夫として恥ずかしくない生き方をしなければとの思いが一層強くなったことも、きっとプラスに働いて行くことでしょう。
人間到る所に青山あり、と言われます。辞書を紐解くと、人生行き着く果てに静かに眠る場所とあります。気がつけば生まれ育った祖国で過ごした歳月よりこちらの方が遥かに長くなりました。『住めば都』もう帰れないしまた帰りたいとも思いません。ましてテキサスの片田舎とは言え、この地にはジェーンと共に苦労して結実させた大事な花が咲き誇っています。二人して見つけた青山なのです。
そしてまたここには私の人生の最大の戦友であった彼女が眠っています。だからそんな彼女を残して何処かへ移って行ったとしても、心の安らぎは決して得られないだろうことを私はよく知っています。いつか自分が彼岸に旅立つ日まで、この地で美しく咲いている花を枯らさないようにするのが私の務めであるし、それはまた彼女への忠誠心の吐露でもあると思っています。
ジェーンは粋な計らいをしてくれたとも思っています。闘病中は彼女の傍を片時も離れることが出来なかった私に自由を与えてくれました。「あなたは母上に長い間苦労やら心配をかけてきましたね。だから彼女に遅まきながら精一杯の親孝行をして下さい。」そんなジェーンの囁きが聞こえます。やがて人生の炎が消えていく母に、これから私は何をしてあげればいいのだろうか?取りあえずは足繁く日本を、母を訪ねることを実践して行こうと思っています。それはまた皆様方との旧交をより深めることが出来る絶好の機会とも捉えているんです。
皆様の温かいお心遣いやらおもてなしに対し心より厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。今日が新たな人生の始まりと思わば前向きに歩いていけます。だって、後ろ向きでは歩きにくいですからね。ご自愛を祈念しつつ、ではいずれまた。
青山の地にて